2020.08.19
第2章3HIS hair clinicでの研修 バナナ
日本を発って1週間後の2011年3月11日の夜。私はクリニックの2階の部屋で日課となっていたガンを打つ練習をしていた。階下から呼ばれて降りるとイアンや他のスタッフがテレビの前に集まっていた。「日本がえらいことになってるぞ。あなたの家は大丈夫か?」イアンが私に言った。画面には東日本大震災の津波の映像が繰り返し流されていた。
3月4日に日本を発ちロンドンで通訳の田中君(8〜9話参照)と合流し、バーミンガムのHIS hair clinicに向かった。2週間程度の滞在予定で研修と日本でのフランチャイズ契約の打ち合わせが今回の渡英の目的だった。到着の翌朝から研修の開始だったがクリニックにはイアンとランビアの他に新たに3名の施術者がいた。他にも経理や総務の担当者もいてどうやらHIS Hairは益々繁盛しているみたいだった。実際、研修初日の朝から客が入れ替わり立ち替わりで3名の施術者全員が夜までフル稼働だった。
新たに入っていた施術者はそれぞれポール(Paul Clark)、デーモン(Damon Ashcroft)、ザンク(Zang Miah)。今は3人ともHISを離れ、ポールとデーモンはbrandwoodclinicというイギリスではHIS Hairに次ぐSMP(scalp Micro pigmentation)クリニックに、ザンクはカリフォルニアでZANG SMPというクリニックを営んでいる。彼らとは10年近く経った今でもSNSでたまに連絡を取り合う仲だ。とにかくこの3人の先輩施術者に付いて学ぶ事になった。施術の準備と後片付けを手伝い、施術中はインクを持ってサポートしながら彼らの施術の様子=ガンの持ち方、動かし方は元より全ての一挙一動を目に焼き付けた。疑問点はその都度メモし、施術後に通訳の田中君を交えて質疑応答の時間を割いてもらった。
*余談になるがbrandwood clinicはHIS hairからの派生クリニックだ。代表のサイモンレーン(Simon Lane)という人物もHIS出身だし、その後ポール(Paul Clark)が合流、最近デーモン(Damon Ashcroft)も移籍し、他も含めメインの施術者は全員HIS Hair出身者だ。それが理由かどうかは知らないが両社は仲が悪い(笑)イギリス以外でも世界の著名なSMPクリニックにはHIS hair出身者が多い。現在世界に41拠点もあるからその中で有能な施術者は独立していくのだろうし、ある意味でHIS hairの技術が現在のヘアータトゥーの世界基準となっているということの証だと思う。
女性は知らないが男性は全てHIS hair出身者だ。右端がポールで左から2人目がデーモンだ。ポールの横がサイモンレーン。
基本練習
夕食後から就寝までの時間はガンの打ち方の練習に充てた。バナナの皮を人の頭皮に見立てて実際のインクで打って行くのだ。ある程度打って表面のインクをウェットティシューで拭うとドットの形とか大小が明白に分かる。模範で打ってもらったバナナと出来を見比べながら無心でそれを繰り返した。
あれから10年経って新しい素材の練習台でも有りそうなものだが未だに海外の大手クリニックでも研修の入り口にバナナを使っている所が多いみたいだ。私もクリニックのスタッフや海外で教える時はやはりバナナを使っている。入れた針の形跡も明白に現れるし、入れる深さを誤ると大きさが不均衡になるのが良く分かる。おまけに世界中どこでも手に入るし安価だからやはりバナナが一番良いかも知れない。まだ熟していない青っぽいモノが練習に丁度いい硬さである。下はトルコのイスタンブールに講師で呼ばれた時の講習の様子だ。
バナナ打ちのポイントはドットの大きさ、深さ、ドット間のスペースが全て均一になる様に打つ事。ドットの間隔を均一にするのは空間認識能力なるセンスが問われる。この空間認識能力は一流の施術者には絶対に必要な能力の一つであり私も重視している素質だ。ドット同士が接すると1つの大きなドットになってしまうのでそれぞれが適度な間隔を保つ様に打たねばならない。センス、素質のある人は打つスピードを上げても無意識でそれが出来るのだ。第1章5話で記したセンスがこれだ。
話は逸れるが医師とか看護師は日頃から注射で針を使う機会が多いからこの施術にも向いている、習得が早いと考える人が多いがそれは絶対に無いと断言する。むしろ美大出身や仕事でデッサンに携わっている等のキャリアを持った人の方が総合的に向いていると確信している。上で触れた空間認識能力もそうだが医師や看護師がお客様の希望通りにヘアーラインを巧く頭皮に書けるか?だ。頭皮をある意味でキャンバスと仮定し、そこにヘアーラインを描き、擬似毛根を描写していくと考えればどちらがこの施術に適性があるかは明々白々だ。手前味噌になって恐縮だがうちの美大出身の看護師はやはり今まで教えた人の中でも圧倒的に技術の習得が早かった。ヘアーラインの描き方をあれこれ教えること無くともお客様の希望されているラインをサラサラと頭皮に模写していたのにも些か驚かされた。
ともかく朝から夜まで3人のサポートをしながら彼らの施術を観察し、施術後は質疑応答。夜は毎日何本ものバナナを真っ黒になるまで打ち続けた。
ちなみに下の練習バナナだが研修時代当時のものなのでこれが模範では無い。もっと均一な間隔、大きさに見えるようになる事が求められる。