すべての記事一覧

2021.01.12

第6章1今の時代に思う事ー昭和を想う

前章で大学卒業後に初めて社会人として過ごした時代を書いた。その後広告代理店、歌舞伎町でのビジネス、ベンチャー企業、金融・不動産と職種の変遷が有ったが各職でやってきた事、過ごした日々...

今の時代に思う事ー昭和を想う

2021.01.06

第5章8昔の話⑧ 壊れた社員

窮地の続き前話の続きになるが仙台支店長からの信書が部長の手に渡る前に失敬し、中身を読んで思った事はこれが社内で表沙汰になれば相当面倒な事態になるという事、そして密かに且つ速やかに相...

昔の話⑧ 壊れた社員

2020.12.30

第5章7昔の話⑦ 窮地

全てが順調だった。東芝、松下、ソニー製などの移動型ビジョンの会社にとって私は上得意客だった。国内の主だったサーキット場で年間延べ数十日も借り受け、おまけに渋谷のビルに据付ける大型ビ...

昔の話⑦  窮地

2020.12.23

第5章6昔の話⑥ 異分子

変化してゆく日常サーキット場での副業の実入りは優に2,000万/年を超え私の年収はM社の給与も併せて手取りで3,000万近くにまで膨らんでいた。悍ましい通勤ラッシュを強いられる埼玉...

昔の話⑥ 異分子

2020.12.16

第5章5昔の話⑤ 覚醒

加速していくビジネス‘87年3月に導入された鈴鹿サーキットに於ける移動型大型ビジョンのシステムは計5戦のF3000レースに加えオートバイの日本GPと8耐、そしてF1GPでのオペレー...

昔の話⑤ 覚醒

2020.12.09

第5章4昔の話④ 副業の契機

M社のスタンス1987年3月初旬、サーキット場で移動型大型ビジョンを使った実況中継の初めての試みは現地での作業も含め運営全体が成功裏に終わった。観客は元よりHランド社含め関係者の評...

昔の話④    副業の契機

2020.12.02

第5章3昔の話③

立案現在の鈴鹿サーキットの正面スタンドの様子の写真だが久々に見て驚いた。何台もの大型ビジョンが据え付けられており時代の流れを感じた。34年前の当時(1986年)は勿論こんな設備など...

昔の話③

2020.11.25

第5章2昔の話②

配属移動新規開設部署には社内各部から10数名の移動者がいたが私が言うのも何だが前の部署で恐らく使い物にならないから放り出された様な面々だった。ある意味窓際族予備軍の集まった掃き溜め...

昔の話②

2020.11.18

第5章1昔の話①

全くSPJやヘアアートとは関係が無い私事の昔話しをしばらくしてみる。あまり人様に大っぴらにする話では無いのだがもう30年近くも前の事だから時効だろう。何話になるか自分でも分からない...

昔の話①

2020.11.11

第4章3身を捨ててこそ③

東京クリニック カノカノはハーフで帰国子女故の堪能な英語を生かして英会話のレッスンを生業にしていた。私の元に施術依頼に来た当初は正直断る気持ちも有った。当時の顧客は全て男性だったし...

身を捨ててこそ③

2020.11.04

第4章2身を捨ててこそ②

そんなこんなで身を捨てて手にしたこの施術だがこれまでの実績通り?施術に対するモチベーションが頭打ちの状態になってきた。勿論、悩みを抱えて来られるお客様に対しては懸命にやらせて頂いて...

身を捨ててこそ②

2020.10.28

第4章1身を捨ててこそ①

No pain、no gainという英語のことわざが有るが何かを得る為には痛みや苦労を伴うものだという事だ。この施術に於いても頭皮を針で打たれる訳だから気持ちが良いとは決して言えな...

身を捨ててこそ①