2020.07.29
第1章92010年9月 再渡英と新たな展開
再渡英
9月7日朝 ホテルまで田中君が迎えに来てくれて一緒にバーミンガムに向かった。前日も彼のアテンドでロンドンのディープなスポット等に案内してもらい、夜はSOHOのバーで飲みながら今回の渡英の主旨も一通り説明し、理解してもらった。田中君は父親の仕事の関係で香港で生まれ、大人になってからは世界放浪の旅を経て今はロンドンに腰を落ち着けて大学に通っているとの事。話せる言語は英語はもとよりフランス語、中国語、スペイン語とマルチリンガルである。ブログの動画で見た通り人懐っこく誰にでもフレンドリーでなかなかの好人物だと改めて思った。
さすがにHIS Hairのイアン達もまた日本から金と時間をかけてわざわざメンテに来た私を気の毒に思ったのか7日と11日の2回メンテの予定を組んでくれた。7日にしっかり打ってもらい11日は全体をチェックして仕上げの調整をしてくれた。
今思うに、前回の施術から3か月経ち色落ちせずに残ったドットはターンオーバーを重ねほぼ永続性を保ち、再渡英の今回入れたドットが色落ちを考慮しても7割程度はそれに加算されるだろうからこれでほぼ未来永劫のフサ坊主を手にした事になる。実際、それから色合いが薄くなったと感じることも無くなり1年後のバランス調整でメンテを受けて以降、今まで、約9年間ノーメンテだ。
HISとの交渉
メンテの後に今回の大事な目的のもう1つについて田中君の通訳でHIS hair clinic 創始者=イアンとランビアの両名と話しをした。下記はおおよその記憶を元に当時のやり取り。
私「私は実際に施術を受けてこの技術の素晴らしさに魅了された。日本でビジネスとして展開していくとかは今の段階では具体的には決めていないがまずは研修とかを受けてこの技術をあなた達から授かりたい」
イアン「我々の元には現在、多くの国からフランチャイズの申し入れが来ているが我々は全て直営店でやって行く方針なので全て断っている。施術の事も良く知りもせず、受けた事も無い人間が単なる金儲けビジネスとしてだけ考え、オファーしてくる。でもMr.〇〇、あなたは違う。あなたは遠く日本から時間と労力、お金をかけて2回も我々の元に通って来て、自身の身を持ってこの施術を体験した。あなたには私達とビジネスで組む資格がある。exclusive(独占)で日本でフランチャイジー(加盟店)としてやればいい。」こういう有難い返答だったと記憶している。
それから「年明けにでも技術を覚える私のパートナーを連れてくるので準備が出来たら連絡する。条件や契約書などはそれまでに用意しておいて下さい。」で、イアンは「わかった。来年にまた来てくれ。それまでに条件や契約書は用意して連絡する。」等々こんなやり取りをしてイアンとランビアそれぞれと握手をしてHIS hair clinic を後にした。
余韻に浸る夜
ロンドンに戻ってその夜、ホテルの近くのパブで田中君と飲んだ。HIS hairイアン.ワトソン達との交渉が上手く行った祝杯と彼の今回のアテンドへの慰労の宴だ。今後の事はまずは日本に帰国してから色々考え、準備しなければならないが年が明けて研修に来た際にはまた是非ともサポートをお願いしたい旨を伝え、彼も再会を楽しみにしてると快く承諾してくれた。
4月にたまたまネットで見つけたHIS hair clinic。ダメ元で半信半疑で渡英し、施術を受けた後の色落ちで落胆することも有ったが今回のメンテで30年間に渡る薄毛への抗いも一区切りついたと思った。そのHIS Hairと今度は一緒にビジネスを始めようとしている事、加えてネットで知り合った田中君と来年の再会を約束しながらこうしてロンドンのパブで一緒に飲んでる事。それらにある意味、巡り合わせみたいな不思議な感覚を覚えずにはいられなかった。
自身の性分からだが仕事もプライベートも身を捨てて対峙してきたことが多々有った。当然酷い痛手も数多く被ったが得られた物やそれによって培われた人生観も計り知れない。ある時から確信してる事だが大事な何かを得られる時って身を捨てて対峙した時なんだろうなと思う。機会があれば身を捨てて被った痛手の方を笑い話で回顧しようと思う。
PS:入店する時には気づきもしなかったが帰り際に看板見ると店名が「THE KING’S HEAD」だった。「王様の頭か。何となく今の私に言い得て妙だな」と思った。その日の記念にその後始めたブログのタイトルに使わせてもらった。
第1章終わり